言葉は、私たち一人一人にどんなイメージや状態、身体の感覚をもたらすのでしょうか?私はよく考えます、「言葉」について。言葉の発生と影響。特に言葉の流行りすたりについてなどなど。

 

 例えば…いつから?誰が作ったの?誰が広めたの?「草食男子」「婚活」って。こんな言葉が、気がついたらとっくに市民権を得ているような気がします。数年前までおしゃべりの中に「彼は草食系?肉食系?」なんて会話があったでしょうか?そんな視点があったでしょうか?そのような分類があったでしょうか?もしも、何年間もずっと友人でいた男性について、誰かがこの言葉を使ってラベルを貼ったなら、その途端に、彼のサブモダリティは変化するのでしょうか?影響はあるのかしら?彼の言動が何も変わってないとしたら、サブモダリティの変化の意味は?今後の二人の関係性の中で何か変わるのかしら?何か役に立つのかしら?

 

 クリスティーナ・ホール博士の著書「言葉を変えると人生が変わる」の中に、とても興味深いお話があります。昔々、代名詞は存在しなかったこと。「自己(セルフ)」という言葉は存在しなかったこと。シェイクスピアの時代の英語にはまだ「未来」という時制がなかったこと、など。

 

 これまで人類はたくさんの言葉を生みだしてきました。また人知れず消え去っていく言葉もあります。そんな言葉というものは果たして、私たちの人生を毎日を豊かにしているのでしょうか?いや、「豊か」という言葉が無かった時代に「貧しい」という言葉も無かったとしたら、人々の物質への執着はどうだったのでしょう?毎日の気分は?行動は?ご近所さんや友人との関係は?

 

 エスキモーだったかしら?「狸」という言葉はなく、狸も狐もみんな「犬」と呼ぶらしいと聞いたことがあります。もしも、「アメリカ人」も「アフリカ人」も「日本人」もなくて、「人」という言葉だけであったなら、世の中はもっと平和だったりするのかしら?もしも「カッコ良い」「頭が良い」「成功」「優しい」もなかったら、劣等感は減るのかしら?「結婚」や「家庭」「夫婦」「恋人」という言葉が無かったら、「嫉妬」も「裏切り」も無かったりして。ホール博士の本の中に「言葉は知覚器官である」という引用がありましたが、私は「言葉は幻・イリュージョンである」とも付け加えたいかな?!

 

 どこかでこんな村の話を聞きました。村の子供がいわゆる“ワルイ”ことをしたとき。村中の人たちがその子の周りに集まって、一人一人、その子がかつて自分にしてくれた良いこと、嬉しかったことを話していくんだそうです。脅したり罰する言葉はなく、愛と感謝の言葉をたくさんかけていくそうです。
 みんなに囲まれて、それらの言葉を耳にしている間、その子はどんな気持ちでいるのでしょうか?そしてその経験はその子にどんな影響を与えるのでしょうか?

 

 なぁ〜んて思い浮かぶままに「言葉」なるものへの考察を綴ってみましたが、どうも人というものは、新しい言葉をたくさん作りたがる生き物のように思えます。人と同じであるという安心・安全を求めつつ、一方で人との違い・差別化をしたくて。そして自分たちで作りあげている二極化の海で葛藤の渦に巻き込まれてしまうところなど、とっても微笑ましい愛すべき存在であるとも。

 

 そして、最初に例を挙げたように次々と生み出される新しい言葉。うっかりしていると密かにプログラミングされて、誰かの意図どおりに、無意識的にある行動をとらされているかも。

 

 どんな言葉が私たち&未来の人々の可能性を拓いていくのか、幸せな関係性を築いてくれるのか、温かく優しい気持ちの時間を増やしてくれるのか、NLPerとして見て聞いて感じて、意図的に生み出したり使える時間を増やしていきたいですね。もしも言葉が幻・イリュージョンであるとしたら、これから出会う人々に、素敵な魔法をいっぱいいーっぱいかけてあげられる魔術師として。

 

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